針金の掛け方
更新日:2019/09/22
針金掛けは樹形作りの中で最も難しく見る目と経験、個人のセンスが求められる高度な技術です。
例えば年の暮れが近づくと、単調な螺旋で曲付けされた松を園芸店などで見かけますが、盆栽人の目から見れば素人のすることで貴方はやってはいけません。
プロに追いつけるとまでは行かなくても、熱意を持って素材に向かえば段々とコツが解り、樹作りのセンスも上達します。
そのためには自然の樹の姿をよく観察したり、有名な展示会に積極的に見に行って、どの樹種がどのように作られているかを目で追い審美眼を充分養うことも重要な事です。
1. 針金の用意
針金は太すぎると曲げにくいし、細すぎても効き目がありません。
極端に太い針金は細かい曲付けができないだけでなく、枝を傷つけたり成長を止めてしまう原因にもなります。
針金の太さは、かける枝の直径の1/3くらいを目安に選びます。使う針金の長さは幹枝の太さやまき幅で違ってきますが、かけたい幹枝の長さの1.3~1.5倍くらいの長さに切っておくと途中で針金が足りなくなるようなことになりません。
針金かけは慌てず丁寧に巻くことが失敗なく効果も確実ですから、事前に枝配りの構想をたてておくことが大切です。
傷付きやすい樹種の針金の加工
松類のように樹皮が厚く硬いものは針金をそのまま掛けても平気で、敢えて食い込ませて幹の肥大を促す方法もあります。
紅葉の幹に付いた針金傷
しかし樹皮の薄いものや皮性の優れているものに針金を裸のまま掛けると、食い込んだ時に幹肌を傷め、保ち込んでもほとんど治りません。
特に幹肌も観賞点となる雑木類では、針金跡がその美観をかなり損ねてしまうため、食い込む前に外すのが鉄則。
ですが雑木類は太りの早い樹種でもあるため、うっかり食い込ませてしまうこともよくあることです。
針金傷が付きやすい樹種
紅葉(モミジ)、楓、欅(ケヤキ)、桜、石榴(ザクロ)、黄梅、柿、梅擬(ウメモドキ)、姫沙羅(ヒメシャラ)、皐月、杉、ブナ、四手(シデ、ソロ)など
以上のような針金傷が付きやすい樹種には、事前に針金を和紙や紙テープなどで巻いて使うと食い込みにくく、跡も残りません。
「こより」を作る要領で針金に巻きつけたら、後は通常の巻き方で幹枝に巻いてください。
紙巻き針金を作る様子と使用例
特に銅線を使う場合は、サビや緑青で幹を汚してしまうことがあるので紙巻き針金が効果を発揮します。多少面倒でも、この一手間が後々の成果となるので習慣付けたいものです。
強く曲げたり引っ張る時は、食い込みを防ぐためにビニールチューブに針金を通すと良い
ビニールの被覆線やチューブを通した針金は、弾力性が落ちるので操作性が難しく効きも悪くなります。
細かい曲付けは出来ませんが、強く枝を引っ張ったりたたみたい時に接触面を部分的に保護するのに適しています。
2. 針金の巻き方
針金は樹形作りの段階の1つではありますが、そのまま飾ってもおかしくないくらい美しく巻くことが大事です。
針金掛けは徹底的に行うことが鉄則で、若木の荒掛け意外は全ての枝の先までしっかり針金を巻きます。
片手間でやらず時間をかけて一巻き一巻きを丁寧に。全体を等間隔に綺麗に巻くことで培養者の仕立ての良さが見え、針金も効きやすくなります。
針金の向きと間隔
針金を巻く方向は、枝を左に曲げたい時は左巻き、右に曲げたい時は右巻きに巻きます。
樹形には大抵「流れ」というものがあります。巻いた向きと逆の方向に曲げようとすると針金が緩んでうまく曲がらなくなるので、幹を左右どちらに流すか決めてから巻きはじめてください。
強く曲げたいときはやや間隔を狭めて巻くとしっかり曲り、軽い癖付けや緩やかに曲げたいときは比較的広めに間隔をとっても効果があります。
ただしあまり狭くまくと接触面が増えて樹に負担がかかるだけでなく、針金がコイル状になって力が分散し、曲がりにくくなるので適当なピッチと角度で巻きましょう。
針金を巻く順番
針金を巻く順番は、下から順番に幹→大枝→中枝→小枝と順に細い部分へと巻きます。
幹に針金を掛ける場合は、まず株元の土中に針金を差し込んで起点とし、裏側から巻き上げていきます。必ず太い枝から細い枝へ、枝元から枝先へと向かって芽や葉を巻き込まないように等間隔に針金を巻いてください。
針金を巻いたあとに枝を曲げる訳ですが、曲げたい方向に枝を少し捻りながら曲げるので、最初からきつく巻いていると針金が枝に食い込み過ぎて生育障害を起こします。
最初は針金が枝に触れるくらい気持ち緩めに巻いておいて、枝を締めながら曲げることで最終的に針金が枝にぴったり当たっている状態がベストです。
起点と支点の固定方法
針金の効果を発揮させるために一番大事なことは、針金が動かないようにしっかり固定することです。
特に巻き始めが重要で、起点が動くようだと全く効きません。
幹に針金を固定する方法
(土中深くまで差し込むか、鉢穴に通して固定する)
主幹に針金を掛ける場合は、針金の先を地中深くまで差し込んで起点とします。
針金切りで先端をやや斜めに切ると、土中に差し込みやすくなります。根を傷付けないように、当たりを確かめながら差し込んでください。
差し込みが浅いとグラ付くので、浅鉢なら底穴まで通して固定するとしっかり留まります。
できるだけ見た目を美しくするため、起点となる部分は正面から見て後ろ側に差し込んで前に持ってくるようにすると尚いいです。
針金は短い針金を繋げて巻くよりも、一本の長い針金で巻いた方が支点がぐらつきにくく効果があります。
2本の枝に掛けたい時は、主幹(親枝)を支点に両枝に針金を渡して巻くとよく、支点となる主幹に1~2巻きできる距離があればベストです。支点がない状態で枝に針金を渡すと、片方の枝を動かすともう一方もグラ付きます。
特定の枝だけに掛けたい時は、巻き始めを親枝に一回転巻きつけてから掛けていきます。しっかり留まっていればどんな方法でもいいですが、見苦しさのないようにしてください。
針金を2本以上掛ける時は、沿わせて巻いたり等間隔に巻いたりして見た目を意識する
また、針金は太い針金1本で巻くよりも、細い針金2本を一緒に巻いた方が反って扱いやすく、効果も上がります。
手持ちの針金では太さが足りない時や、途中で針金を分岐させたい時などは2本掛けで対応することもよくあることです。
2本以上の針金を同時巻きする際は、針金を沿わせるように重ねて巻たり、間隔を同じにするなど見た目の良さも意識しましょう。
3. 針金の曲げ方
幹を曲げる
苗木や仕立て段階の若木は、主に基本になる幹模様を針金で作っていきます。
どの位置でどのように曲げるかは個人の経験やセンスですが、できるだけ低い位置で最初の曲を強めに付けることです。
立ち上がりから一の枝までが真っ直ぐでは面白みがありませんし、全体に間の抜けた姿になってしまいます。
文人作りなど華奢に伸びた幹に少ない枝を付けるような樹形でも、幹は真っ直ぐよりも少し曲を付けたほうが軽妙な印象になります。
直幹や箒作りの場合は、地面から真っ直ぐ伸びた幹を作るための針金掛けが必要になります。直立性の樹種でもそのままでは幾分か曲がっていくものなので、必要があれば添え木や針金で矯正してください。
松や杜松、真柏などはほとんど強い曲を付けた樹形に作られますが、直幹に向く素材があれば面白い樹ができると思います。
枝を曲げる
枝元の下げ方
松柏類の枝元は主幹からできるだけ鋭角に下げ、雑木類などでは枝元をやや持ち上げてから下げると見た目にも植物生理上も好ましいです。
自然に生えている樹を見ても、松や杉、檜などの針葉樹は枝が鋭角に下がっているのに対し、紅葉や楓などの広葉樹は枝の下がり方が優しく広がっている事に気がつきます。
鋭角に下げる場合は、針金が太すぎたり、一度で曲げようすると枝元が裂けてしまうことがあるので、限界を感じたら無理せず一旦止めておき、組織が回復するのを待ってから追加の矯正をしてください。
枝を鋭角に下げたり、上げたい場合は枝元を削る
太枝を鋭角に下げたり、逆に寄せたい場合は付け根の部分をナイフなどで削ることもあります。
接する部分の肉を削り取ることで、元部の不自然な膨れがなくなり綺麗に寄せることができます。
枝の曲げ矯(た)め
針金は、手で予め思う方向に枝幹を曲げ矯(た)めて曲げやすくしておいてから、それを固定する様に巻くのが基本です。微調整が必要な小枝は先に針金だけ巻いておくこともありますが、主幹や役枝は構想を練る段階で曲げ矯めをしたほうが枝折れしにくくなります。
枝を先に曲げ矯めておいてから、針金で固定するように巻く
全体に針金を巻き終えたら、巻いた針金の向きと同じ方向に幹枝を少し捻るような気持ちで矯正していきます。
均等に緩やかなカーブでは面白みがないので、枝元は強めで先に行くほど優しい模様を付けるように意識してください。
下絵の様に左向きなら左に捻りながら、右向きなら右に捻りながら曲げることで、針金が枝にぴったり付いて効き目が上がり、曲に表情や奥行きが生まれます。
左向きと右向きでの針金の曲げ方
巻きつけた針金を平面的に曲げてしまうと、曲げた箇所の針金が強く当たって食い込んだり、反対側の針金が緩んだりして困ったことになります。
捻らず平面的に曲げた時の失敗例
また、曲げる方向にバリエーションが生まれないのでどうしても曲が単調になりやすく、針金整枝の効果を充分に発揮することができません。
特に真柏のような強い針金整枝にもよく耐える樹種は、捻転しながら持ち上がる幹姿や縦横無尽な枝配りが樹格を左右するので、思い切った曲付けが必要になります。
ただし、捻りすぎると針金が酷く食い込み、枝枯れや生育障害を起こしてしまいます。中には金属に弱いものやき折れやすい樹種もあるので、整枝後の幹枝の肥大も計算にいれ、当たりを確認しながら曲げてください。
このポイントを守りながら、正面だけでなく左右、後ろもよく見て枝を配り、各枝先が広がる様に矯正していきます。
慣れないうちは加減が難しいと思いますが、経験を重ねるうちに上達します。
曲げる時の針金の位置
針金は曲げる枝の補強の役割も果たしていて、針金があることで枝折れを防いでいます。
枝を曲げたい時は、必ず針金が枝の外側に当たっている箇所で曲げてください。
針金が内側にある状態では一番テンションのかかる外側の枝に負担がかかり、枝が折れやすくなってしまいます。
頭頂部と枝先の始末
針金の巻き終わりはピッチを細かくしたり巻き戻す
針金掛けは枝の先までしっかり針金を巻いて曲げることが鉄則です。
そのため、巻き終わりは針金のピッチを細かくしたり、巻き戻すなどして矯正中に外れないようにしておくのも大事なポイント。
針金が最後までしっかり巻かれていれば、頭頂部や枝先など先端部の矯正もしやすくなります。
まず芯(頭頂部=アタマとも言う)となる枝は、先まで曲付けをすること。作り方は樹形や個人の好みによりそれぞれですが、一旦枝を後ろに振り、最後は正面に向かってくるようなイメージで芯の先に動きを付けてください。
芯は樹形を作る上で必ず必要な所で、立ち上がりから幹枝への緩急を追い、最後に芯で止めるという見所を作ることで全体に個性やまとまりが生まれます。
頂芽は下げたままにせず、芽起こしをする
また、各枝の枝を矯正したら下がった枝先の芽起こしも忘れないように。
頂芽が下がっていると生気のない印象になり美観を損なうだけでなく、生育不良を起こす原因となるため、人工的にならないように芽先を起こしておいてください。
4. 針金掛けの注意点
枝を曲げる時、その枝には大変なダメージがかかっています。
本来幹や枝は多少曲げられたくらいなら回復する力を持っているので、適期ならば思い切った矯正でも充分耐えてくれます。
ですが、間違った方法で針金を巻いたり無理な矯正をしたりすると樹そのものが枯れてしまうこともよくあることです。
植物生理を念頭におき、技巧に拘った無理な矯正や、本来の樹の性格を無視した矯正をしないようにしてください。
針金の巻き方の悪い例
針金掛けは効果的に巻くことはもちろん、見た目を美しく巻くことと、その樹の生育を阻害しないことが前提にあります。
以下のような巻き方は曲げ方は、効果がないばかりか樹に過度な負担をかけてしまうので貴方はしてはいけません。
見た目が悪い
見た目の悪い針金の掛け方は、効果的な整枝が出来なくなる原因でもあります。
針金の太さが合っていないのがその例で、針金が細すぎれば全く曲がりませんし、太すぎれば巻きにくいだけでなく細かい曲付けが難しくなり、枝への負担も大きくなります。
間隔がバラバラだったり、間隔が狭すぎる、たすき掛けなども見た目の問題だけでなく効き目が悪くなるので注意してください。
図:針金の悪い巻き方の例
その樹の生育を阻害する
針金掛けは樹に大変なダメージがかかる作業なので、できるだけ負担が少なく効率的な矯正が重要課題となります。
まず、一度強く曲げた枝を逆方向に曲げなおす事は絶対にやらないことです。
枝をある一方に曲げた時、反対側の組織が部分的に裂け、水吸い(支管や道管の一部)が断絶された状態になっていると考えてください。水吸いが充分残っていれば問題ないですが、一度曲げた枝を逆方向に曲げ直せば残された組織もダメージを受け、枝枯れや枯死に繋がることも充分あります。
このような失敗をしないためには、枝をどちらに曲げるのかを先に決めておくこと。無計画に始めからきつく曲げるのではなく、全体のバランスを見ながら徐々に形を固めていくようにしてください。
芽や枝葉を潰さないように針金を掛けること
また、芽や枝葉を無視して巻くこともよくありません。
芽を潰せば胴吹きも期待できませんし、巻き込んだ枝葉は生育不良を起こして枯れてしまいます。
芽や枝の間を縫うように一巻き一巻き確認しながら、時には少し間隔を調整して巻き上げてください。
5. 針金かけ後の管理
針金をかけた後の樹は組織が痛んで水分や栄養分の流れが途切れた状態になっているので、その後の管理に注意が必要です。
ムロ出しや植え替えの時と同様に、作業後はすぐに日なたに出すのではなく、2~3日は日強い風の当たらない半日陰で休ませ、徐々に日に慣していきましょう。
葉水は樹勢回復に効果があると経験的にいわれているので積極的に与えてください。
松類で冬場にかけた場合は、ムロにいれて寒さや強風から保護してください。
針金整枝の期間
五葉松に食い込んだ針金の跡
松柏類は成長が遅く、完成樹や老樹に一度かけた針金は1年以上掛けっぱなしにすることが一般的ですが、成長が盛んな若木なら半年もすれば食い込んでしまうことがあります。
松では幹の肥大を狙ってわざと針金を食い込ませたままにすることもありますが、幹肌が大事な鑑賞点である雑木類では生育中に針金を掛けて、肥大が進む秋に一旦外すのが一般的。
針金外しの適期は、生育があまり盛んでない時期に行うのがよいです。
樹液の流動が盛んな生育期間中は傷が付きやすく、松柏類ではヤニが吹いて枝枯れしたり、葉や芽を痛める原因になります。
針金は一度食い込んでしまうと、食い込み傷だけでなくその上に異常な肥大部分ができて見た目を損ねます。食い込む前に外すのが基本ですから、適期に限らず必要に応じて外してください。
針金の外し方
針金切りで細かく切断しながら外します
針金の外し方は、針金をかけた順番とは逆で小枝から太枝、太枝から幹へと外していきます。
手で外しにくい所は無理にやると樹皮や周りの枝を傷付けることがあるので、針金切りを使って細かく切断しながら丁寧に外してください。
食い込みが酷い時は針金切りを使うと余計に傷がついてしまうので、一箇所外した後は時間をかけて手で外しほうがいいかもしれません。
松類では幹の肥大を狙ってわざと食い込ませることもありますが、基本的には傷が付くようなことは避けたい所。
特に幹肌も見る雑木類は食い込む前に外すように心がけておきましょう。
6. 関連ページ
一言で針金掛けといっても、樹種によって作業時期や作り方が違います。また、若木か古木かで意味が異なるので、自然樹の姿や植物生理を念頭に入れた整枝が必要です。
コメント
この記事へのコメントはまだありません。